トラウマ的に勉強が嫌いなら


 「学ぶことは楽しい」「好きになることができる」。そうしたことを語ってきたけれど、正直なところ、高校をやめる頃の僕は絶対に納得しなかっただろうなぁ、と思う。

 それくらい僕は勉強が苦手で、嫌いだった。机に向かうと異常なだるさを覚えたし、それが続くと机に向かうことにさえ恐れを感じるようになる。

 似たような受験生の相談を繰り返し聞いているうちに、勉強へのトラウマ(心的外傷)なのかもしれないと考えるようになった。勉強で嫌な思いや失敗経験を積み重ねてきたせいで、それに対して生理的な拒否反応が出ているように思えるのだ。

 僕はそうした病状の専門家ではないし、病気だと考えることは勉強から逃げる言い訳にもなるので、すぐに決めつけない方がいい。でも、どれだけ努力してみてもどうにもならない時は、ひとまず勉強から離れるというのもひとつの手だ。

 僕は高校をやめて、一年間以上も勉強のことを考えなくてすんだおかげで、勉強へのトラウマのような感覚を抱くことはなかった。相変わらず苦手意識はあったけれど、それでも勉強をしたいという自然な気持ちを取り戻すことができた。

 その間、たまに本を読むことを除けば、僕はただひたすらにゲームをやっていた。自分が熱中できることにのめりこむ中で、考えたり努力したりする経験を積むことができた。ゲームの中の努力はきちんと結果に結びつき、ささやかながら自分の自信にもなった。それは、身の回りの人からはまったく評価されないことだったけれど、とても狭い世界の中で生きていた僕にとっては、とても大切な拠り所だった。

 その後、主体的な決意のもとに受験を志した時、僕にとって勉強はやらされるものではなく、自分の未来のために進んで行うものに変わった。そうなってからの勉強は、それまで経験したことのないほど充実した時間になった。

 ゲームにのめり込んだがゆえに、僕は高校をやめ、人より一年間の遅れを取ることになった。でも、もし勉強から離れないまま受験にしがみついていたら、僕はひどく苦しみながら勉強を続けなければならなかっただろう。その意味で、高校をやめて勉強から離れられたのは、よかったと思っている。