思考力を鍛える現代文


 現代文をはじめて学ぶ受験生に「その解答の根拠は?」と聞いても答えられないか、見当違いの部分を口にすることが多い。その根拠を見つけ出そうと努力するのは大変なので、適当にやり過ごそうとする。

 でも、それでは、いつまで経っても現代文の力は伸びない。

 だから、僕はこうした塾生を見つけた時には読解の解説をする。この設問はここに根拠がある。この選択肢は、ここを根拠に間違っている。その一つひとつを理解するために、最初に問題文を読む時点で、どのような論理で文章が組み立てられているかを正確に追っていくんだ。それが現代文を読むということなんだ、と。

 こうした作業を厳密にやっていくと、わずか五段落くらいの文章でも一時間を超える時間がかかることがある。文章の論理の展開を正確に読み取るプロセスを語って聴かせると、ほとんどの塾生が「ここまで考えているんですね」と驚く。

 そう、そこまで考えているんだよ。考え尽くさなければ、正確に答えることなんてできやしない。君は受験までにこれを自分一人の力でできるようにならなくちゃいけない。でも、逆に言えば、それができれば現代文は必ず読めるようになる。しかも、考え続けることによって、必ずその力は少しずつ高まっていく。だから、考え続けるんだ。

 そうしたことを指導の中で語ると、塾生が必ずといっていいほど「頭が疲れました」と言い、「こんなに頭を使ったことはないかもしれない」と口にする。

 そう、頭を使うのはとても大変なことなんだ。でも、それは「脳の筋トレ」のようなもので、使えば使うほどすこしずつ「思考の筋肉」は力強くなっていく。

 現代文の力を鍛えるためには、最初はどれだけ時間がかかってもいいから、論理的に文章を追い、明確な根拠のもとに答えを導き出す練習を繰り返すことが大切だ。時間がかかっても、明確な根拠を導き出せるようになれば、後は訓練してスピードを上げていけばいい。

 そのようなことをせず、ただスピードを上げようとしていても、明確な根拠が導き出せないから得点が安定しない。現代文が読めるけれど得点できないという人は、共通してこのような落とし穴にはまっている。

 着実なトレーニングを重ねることで、より複雑な論理を追いかけることができるようになる。「なぜだ」と厳密に問う力は高まるし、そのスピードも速くなる。長時間の集中をしても頭が疲れにくくなっていく。こうした一連の成長こそ「頭がよくなる」という言葉にぴったりではないだろうか。