②間違えることを喜ぶ


 さて、いざ机に向かうと、自分が知らない知識と出くわしたり、解けない問題を前に間違うという経験をすることになる。その時に「けっこうよくできた」とか「ぜんぜんできなかった」と一喜一憂する人が多いけれど、これにはほとんど意味がない。

 机に向かっている目的を思い出そう。学ぶというのはテストではない。正解することが目的なのではなくて、知らなかったことを知ることが目的だったはずだ。

 だとすれば、自分の知っている知識に出くわすというのは、時間的に言えば無駄だとも言える。つまり、正解することは喜ぶべきものではない。むしろ、知らないことを知ることによって成長するのだから、本当は間違いをこそ喜ぶべきなのだ。

 正解を喜んでいるうちは成長しない。何問あっていたかとか、何点とれたかということは、その時の実力を反映しているだけで、喜んだり悲しんだりするようなものじゃない。

 でも、そういう人って多いんだよね。◯×をつけて、それで満足して終わりにしてしまった経験のある人は要注意だ。

 人は間違うことを恐れる。それは本能的である気がする。あるいは、どこかで刷り込まれたのかもしれない。でも、いずれにしても、それは学ぶ上では大して役に立たない。

 間違えることを喜べるようになってはじめて、僕らは間違った原因を真剣に考えることができる。すると、間違えたら間違えた分だけ成長するようになる。

 これは、急速に伸びる人が共通して持っている考え方だ。勉強にかぎらず、部活でも、仕事でもそうなのだと思う。間違えるたびに凹んでしまう人と、間違えるたびに目を輝かせる人がいたら、どちらが伸びるのかは言うまでもないよね。