どんな小さな問題だって


 僕の母の人生において、僕を育てることを超える「問題」はなかったように思う。普通に考えてそうだよね。学校を二度もやめて、大学を卒業もしないまま起業する子どもなんて、本の中で読んでいる分にはいいけれど、当の親にとってはこれ以上ないやっかいな問題だったはずだ。なんでこんな子どもが自分の子どもなのだろうかと、呪いたくなることもあったに違いない(事実そうだったらしいです)。

 子育てを考えると分かりやすいけれど、僕らは時として自ら進んで問題を作り出す。だって、冷静に考えれば、子どもなんて育てたってお金がかかるだけだし、自分の時間が奪われるし、大変なことばかりだということもできる。

 でも、その大変な問題を自ら作り出して、その問題を自分の手で解決していくことに人間は喜びを感じる。だとすれば、一人ひとりが、自分にあった問題を世界から切り出して、作り出し、解決しようと全力を尽くすこと。それこそが、僕らが生きるということの、中核にあるものではないかと思う。

 大切なのは、そのような問題からできるだけ逃げ出さずに、向き合うこと。そして、よりよく解決できるように全力を尽くすこと。そうやって学び続けていくこと。

 学べば学ぶほど、僕らは世界からたくさんのことを引き受けることができる。そうやって引き受けたものは、僕らの血肉となり、問題を解決する力を与えてくれる。

 学欲を取り戻すことができれば、このようにして僕らの持っている可能性が自然と引き出されていく。一人ひとりが自分の解決すべき問題を見つけて、その解決に力を尽くすことができるようになる。

 ある人にとっては小さな問題の解決であっても、それが別の形で大きな問題の解決へとつながることもあるかもしれない。だからこそ、いまどんな場所で働いていても、僕らは自分の立っている場所で、できるかぎりの問題を引き受け、解決していくべきなのだ。

 その結果、この国が抱えている問題は今よりも解決されやすくなるだろう。また、この国がこれまで世界で果たすことのできなかった役割を担えるようになるかもしれない。

 実際、僕の周りの学生たちを見ていると、そうした力強さを持っている若者が、すごい勢いで増えつつあるのを感じる。自分だけではなく、社会に貢献したいという気持ちを持っている若者が、実際にそれが可能だと感じられた時のエネルギーはすさまじい。

 なぜなら、それは自分ひとりのためではないから。人類の過去を引き受けて、そして未来を創造する一員となった時のエネルギーは、自分のためだけに努力する時よりも、ずっと大きいのだ。