勉強が嫌いだった


 勉強するのが好きだ、という子どもはほとんどいない。より正確に言えば、小さな子どもはみんな学ぶことが好きなのだけれど、高校を卒業する頃にもなると「学ぶことが好きだ」という人はほぼ絶滅種になってしまう。

 子どもは年をとるにつれて勉強が嫌いになっていくものなのだ。それが永遠の真理なのかどうかはひとまずおいておくとしても、世間一般の常識ではそう考えられている。

 僕も、そのような世間一般の常識から漏れずに、学年が上がるにつれて勉強を嫌いになっていった。ただ、その嫌いになり方は、ほかの同級生より激しかったかもしれない。

 どれくらい勉強が嫌いだったかといえば、せっかく入った私立の中高一貫校でも、その後に入った公立高校でも、成績はたいてい下から三番以内だった。高校二年の通知表はオール1。そういうこともあって僕は中学一年と高校二年の二度にわたり、通っていた学校を中退することになった。

 どちらの学校でも勉強のゴールは大学受験だと言われていた。でも、僕はなぜ大学受験をするのかが分からなかった。だから大学受験をしたいとも思っていなかった。

 家族も先生も「大学は行くべきだ」と言っていたし、そのためには勉強しなければならないことは理解していた。でも、なぜ大学に行くべきなのか、なぜ学ばなければならないのか、それが僕の人生にどのような意味をもたらすのかといった疑問に答えてくれる大人はいなかった。

 そもそも、当時はそうした疑問をぼんやりと考えているだけで、言葉にすることはできなかった。だから、僕はもやもやした気持ちを抱えたまま、次第にふさぎ込んでいった。胸の中のわだかまりは鬱屈した感情となって膨らみ、危うく破裂するところだった。

 でも、いくつもの幸運な偶然が重なった結果、僕はいまこうして文章を書いている。

 僕は学校を二度も中退することになったクソガキだった。でも、理由も分からないまま勉強しろと言われて、「はいそうですか」と疑問を抱かずに勉強できるほどバカじゃなかった。あるいは、大人は「はいそうですか」と言えない子どもをバカと呼ぶのかもしれないけれど、それなら僕はバカでよかったと心から思う。

 「はいそうですか」と言わなかったせいで、ずいぶんと回り道をすることになったし、大変な目にもあったけれど、そのおかげでいまの僕がある。