学ぶことの目的


 学ぶために学び、生きるために生きるというのは、言いすぎなんじゃないだろうかと感じる人もいるかもしれない。だって、学ぶことも、努力することも、すべては何かの結果を得るためじゃないか、と。志望校に受かるという目的なしに勉強する気にはなれないよ、という受験生の声が聞こえてきそうだ。

 たしかに、それらは僕らが生きる上で大切にすべきことだと思う。僕だってリングに上ったなら絶対に勝つ、という覚悟で勝負に臨んできた。そうした勝負の一戦一戦は、その勝敗がどうであれ、人生のハイライトシーンとして僕の中に焼き付いている。

 でも、繰り返しになるけれど、その勝負に勝つことだけが目的ではない、と僕は思う。死ぬ瞬間に幸せになることが人生の目的ではないように、志望校に合格することそれ自体は目的ではない。そのような結果を得ることは、プロセスを充実させた果てに、僥倖のようにもたらされるものなのだ。

 むしろ、最初から結果を手に入れようとするあまり、僕らはそれを得るまでの過程を大切にすることができなくなってしまう。「結果」を得ようとするあまり、その「プロセス」は苦しく避けたいものになってしまい、「結果」はより遠ざかってしまう。そうやって「結果」も「プロセス」も、どちらも台無しにされてしまう。

 そう、これは二章で述べた「結果のパラドックス」だ。

 求めているうちは、得られない。手放すと、飛び込んでくる。だとすれば、成功したいと願っているうちは成功できない……のかもしれない。そう考えると、世の中で成功者と呼ばれる人が悟ったようなことを口にするのも頷ける気もしてくる。