僕が学欲を取り戻して見えた世界

 では、気を取り直して本題へ。

 最後に伝えたいのは、学欲を取り戻した後にはどのような世界が待っているのか、ということ。僕ら一人ひとりにとって、それから、この社会にとって。

 結論を言えば、僕は「楽しく生きる」ことができるようになるのだと僕は思う。楽しく、という言葉はとても広い意味で使われるので、もうすこし限定するならば、「自分の人生を生きる」ことができるようになると言い換えてもいい。

 僕らはいつの間にか受動的に生きることに慣れてしまう。教室で座って授業を聞かされるばかりの生活を小さな頃から重ねたために、あらゆる物事に対して受動的になり、疑問を差し挟んだり、考えたりすることができないでいる。

 でも、人生とは受動的に生きるものではない。それでは人に与えられた人生になってしまう。そうではなく、人生とは、自ら主体的に生きていくものだろう。自分の人生の舵を握りしめて、自分で進む方向を決めて、大海原に漕ぎ出していくことは、ただ一度きりの人生を与えられた僕らが、求めてしかるべき生き方だと思う。

 学欲を取り戻すことによって、僕らはそうした主体性を持つことができる。学欲を抱けば、あらゆる経験は学ぶための素材になる。人生で出くわす問題は、それを乗り越えて成長するための機会に変わる。そのようにして学び、成長することを通じて、人は自分が思い描く自分へと近づいていく。

 そうなってはじめて「無限の可能性」という言葉のリアリティを感じられる。校長室に飾ってあるつまらない標語のような言葉だったのに、子どもの頃に感じていた未来へのワクワク感とともに蘇ってくる。

 自分の無限の可能性を信じられることによって、未来がやってくることが楽しみになる。今の自分が想像できる限界を超えた自分に出会えるという確信が、いまこの瞬間に意味を与える。だからこそ、未来を楽しみにしながら、いまこの瞬間に全力を尽くせる。

 今こうして僕が書いている文章を、十年後の僕は「若かったなー」と笑いながら振り返るのだろう、と実のところ思いながら書いている。だって、十年後の僕は、今の僕よりもずっと成長しているはずだから。でも、それはそれでいいんだ。今この瞬間に全力を尽くさなければ、そう思う十年後もないのだから。十年前の僕が全力を尽くしていなければ、いまこの瞬間がなかったのと同じように。

 そう思って、僕は楽しみながら今この瞬間に全力を尽くしている。