学欲を失う原因その5 学びたいと思えないのに、学ばなければならない


 「学びたい」と思うための環境は十分に整っていない。にもかかわらず「学ぶことは大事だ」という大人のメッセージだけは、子どもは痛いほど感じている。

 もうすこし厳密に言えば、そのメッセージは「学ぶことそれ自体が大事だ」というよりも、「いい点数を取ることは大事だ」「いい学校にいくことは大事だ」ということを意味している。その底に流れているのは、学ぶことそれ自体よりもむしろ、学ぶことで得られる「結果」が大事だという価値観だ。

 そうしたメッセージは、大人の口から直接発されることは少ない。直接発されれば子どもだって反論できるけれど、「結果を残すことが大事」ということは、もはや大前提の価値となっているがゆえに、子どもはそれに疑問を抱くことすらできない。

 たとえば、テストで百点を取った時にお父さんやお母さんが浮かべる喜びの表情を見た時。あるいは、学期末に渡される通知表に「がんばりましょう」や「1」が書いてあるのに気がついてがっかりしている表情を見た時。

 子どもは言葉を超えた親の表情から、自分が何を期待されているのかを敏感に感じ取っている。そんなふうに伝えられて子どもが反論できるわけがない。そして、お父さんやお母さんを喜ばせたいがゆえに、もっといい結果を残さなければ、と思う。

 学びたくないけれど、学ばなきゃいけない。そのジレンマに引き裂かれそうになりながらも、子どもは懸命に勉強しようとする。

 書いていて、子どもの健気さを思うと、泣きそうになるよ。ほんとに。

 「人に優しくすることは大事だ」と同じくらいの常識レベルで、僕らは幼い頃から「結果を残すことが大事だ」という価値観を受け入れていく。そのような価値観は、先に述べたように家庭の中だけでなく、学校の中でも、友だちとの間でさえ、ごく自然な形で侵入してくる。

 それによって、僕らは「学びたい」と思えない状況であるにもかかわらず、いつでも「学ばなければならない」というプレッシャーを感じながら成長していく。

 果たして、それで「学びたい」という気持ちが育つだろうか。育つわけがない。むしろ、ジレンマを抱えたまま、やりたいと思えないことをやらなければならない状況が続くことで、「学びたい」という気持ちを封印したいと思うようになるのではないだろうか。子どもが成長すればするほど勉強嫌いになる原因は、学びたいという気持ちを裏切られ続けるからではないだろうか。