「憧れの人」を素材にする


 没頭できるものが見つからない時には、自分が没頭したいと思えるものは何かを考えたり、探したりするのもいい。

 僕が高校をやめた頃、ゲーム以外に唯一していたのは読書だった。狭い部屋の中に閉じこもっていたけれど、読書によって僕は外の世界とつながっていた。そうやって将来どのように生きていくべきかを考えていた。

 それは、知識を得るためではなく、生き方を知るための読書だった。振り返れば、この時に限らず、自分の生き方に悩んだ時はいつも、読書によって活路を見出してきた。 

 たとえば受験勉強をしようと思い立った頃、僕にとって憧れの人は坂本龍馬だった。龍馬みたいに生きるにはどうすればいいのか、と考えて思いついたのが政治の道であり、そのために大学受験を志した。

 自分が憧れた人の生き方に近づいていくわけだから、それがワクワクしないわけがない。そのような気持ちがあったからこそ、目の前の勉強に集中することができた。

 「こういう風に生きたい」と思える大人が身近にいない場合、僕らはどこかでそうした人と出会わなきゃいけない。

 マンガやアニメの登場人物でもいい。僕にとってスラムダンクの桜木花道はそうした存在だった。でも、マンガやアニメは「つくり話」という前提があるために、僕らはその登場人物を現実と切り離して考えてしまう。そのために「そうなりたい」という気持ちを強く抱くことができない。

 仮に「そうなりたい」と思って、たとえば「海賊王になるぜ」と考えるのは自由なのだけれど、どうやったら実現できるのかと考えると途方に暮れてしまうだろう。

 その点、現実に生きた人であれば、その人がどのようなことを考えて、どんなふうに努力をして、どんなステップを踏み、どうやって一日を過ごしたのか、といったことまで知ることができる。直接聞いたっていいし、本を読んだり、ウェブで調べたりしてもいい。その人のどこに自分が惹かれたのかを考えれば、自分がどのように生きたいのかのヒントが得られるはずだ。

 アマゾンで憧れの人の本を探せば、その本と関連した本がたくさん出てくる。書店の気になるコーナーで、おもしろそうだと感じる人の自伝を手にとるのもいいだろう。一人の憧れの人を見つけられれば、それをヒントに憧れの人を増やすのは難しくない。たとえば、自分が憧れている人が憧れた人は誰か、と考えて調べるのは基本的な広げ方だ。

 人の生き様のストックが増えていくにつれ、人生には多様な選択肢があることに気がつく。そして、様々な生き方におもしろさがあると感じられる。そうなってはじめて、僕らは未来にワクワクしながら、自分の生き方を真剣に考えられるようになる。