オリンピックを見て思ったこと


 努力という言葉に関して思い出す、もうひとつのエピソードがある。

 僕が大学受験をはじめるすこし前、シドニー・オリンピックが開催されていた。柔道のメダルラッシュが続いた大会で、僕は祖父とよくテレビで観戦していた。祖父は中学からずっと柔道をやっていた人だったから、彼らの活躍にとても興奮していた。

 その頃、僕は高校を辞める直前で、よく学校をサボっていた。おそらくは、このまま高校をやめることになるのだろうなと考えながら。そんな状況の僕にとって、たいして歳の違わない彼らが、表彰台に立ってメダルをかけて満面の笑みを浮かべている光景は、うらやましいという気持ちを通り越して、憎しみに近い感情を抱かせるものだった。

 さまざまな感情が入り交じって、僕の口から思わず「こんなやつら大したことない。才能があれば、体動かすだけなんて誰でもできる」という言葉がもれた。

 一緒に見ていた祖父は、めずらしく怒った口調で「お前は何もしてないくせに、努力している彼らを批判する権利なんてない」と怒鳴った。

 祖父の言葉は、たしかに論理的には完璧に正しかった。僕は何もしていないどころか、学校にいく、という同級生が当たり前にしていることすらできていなかったのだから。祖父に返す言葉は見つからず、わだかまりはあったけれど、僕は口をつぐむしかなかった。

 でも、今なら僕の口からそんな言葉がもれた理由も分かる。そして、あの時に感じたわだかまりは、おそらくこのようなものだったのだと思う。

 僕は、僕なりに精一杯生きていた。周りの人は誰一人認めてくれなかったけれど、僕なりの限界で生きていたつもりだった。テレビの中で華々しい活躍している彼らだって、僕と同じ状況だったなら、同じようには努力できなかったんじゃないかな。

 僕の口から思わずもれた言葉だって、本心でそう思っていたわけではなかった。でも、あまりにもまぶしい彼らの姿を見て、どん底にいる自分のプライドを守るために、そう口にするしかなかったんだよ。

 そんな言葉を言い返すべき相手は、もうこの世にはいない。でも、言い返せないことは、それはそれでいいのではないかと思っている。いま思えば、おそらく、祖父は僕がそう言わざるをえない気持ちを抱いていることくらいは分かっていただろう。

 ただ、戦争を体験し、戦後の焼け野原から努力を重ねてきた「昭和の見本」のような祖父にとって、学校にもいかずにゲームばかりしている僕を見るのは我慢がならなかったに違いない。心配といらだちの入り混じった気持ちが、僕の言葉をきっかけに、怒りとして言葉になったのだと思う。

 いま思えば、祖父に怒鳴られたことはよかった。怒鳴られた時は言い返せないやるせなさに打ちひしがれたけれど、それをきっかけに自分を見つめることができた。祖父に言われた通り、たしかに僕は努力をしていなかった。そして、努力をしていないから、努力している人間をバカにすることで、自分を守ろうとしていたことに気がついた。

 そうやって守っていたのは、吹けば飛ぶような、ちっぽけなプライドだった。

 どうしたって努力できない状況が、人にはある。だとすれば、努力できることは幸運だということもできるのかもしれない。だから、僕は努力していない人を批判するつもりはさらさらない。

 それでも。

 それでも、もし僕の目の前に努力することをバカにする若者がいたら、僕はそいつを怒鳴ってやりたいと思う。なぜなら、努力することをバカにすることは、自分の可能性をゴミ箱に投げ捨てるのに等しいのだから。

 そんなもったいないこと、するんじゃないぜ。