千里の道へ


 自分は頭が悪いのではないかと疑ってしまう気持ちや、勉強への苦手意識が少しでも薄くなるといいなと願いながら書いてきた。未来に対してワクワクする気持ちが生まれるといいなと思いながら書いてきた。

 僕にとって、ここまで書いてきたことはことさら新しいことではない。僕の中では深く内面化されていて、常識とすらいえるものだ。僕に限らず、たまに出会う「この人は学欲の塊だな」と思う人は、多かれ少なかれ、これまで書いてきたようなことを自然な感覚として持っていた。

 学びたいという強い気持ちを抱き、それを楽しみながら実践して、それを通して自分の人生を創りあげている人を見るのは気持ちのいいものだ。

 そうした人が持っている気持ちのよさの原因のひとつには、その人が他人と競争しているのではなく、自分自身と競争している潔さがあるように思える。自分自身と競争するとなると、誰かをひがんだり、コンプレックスを抱いたりすることはない。

 そうした人は、本当に「自分の人生を生きている」という印象を受ける。

 一見するとこの世の中は、受験勉強をはじめとして「競争社会」であるように思える。でも、誰かと競争すると、過度に結果を追い求めることになりやすい。それによって僕らの学欲がどれほど損ねられるかについては、これまで述べてきたとおりだ。

 それよりも、どうせ戦うなら過去の自分と戦ってみてはどうだろう。自分のことを頭が悪いと決めつけていた自分。どうせやっても無駄だと思って努力を怠っていた自分。考えることから逃げていた自分。そのようなカッコ悪い自分よりも、すくなくとも今の方が前に進んでいるぜと思えれば、清々しい気持ちになれるのではないだろうか。

 そして、それは決心しさえすれば、今すぐ、誰にだってできるのだと思う。

 いきなりなんでも上手にできるようになるわけじゃない、でも、僕らは一歩ずつ進んでいくことができる。そして、その一歩一歩を楽しめるようにもなれる。そう信じて、まず一歩を踏み出してみること。

 千里の道も一歩からと言うけれど、僕がこのようなことを考えたり、今のように生きたりしているとは、十年前は想像すらしていなかった。でも、学欲を守り育てながら生きてきたら、僕はいつの間にか、昔なりたいと思い描いていた理想の自分をはるか後ろに眺めるほどにまで歩いてきたなと思う。

 現在の自分は十分に成長した、と言い切るには程遠い。進めば進むほど、遠くにあるゴールが目に入る。それでも、昔の自分を振り返れば、よくここまで歩いてこれたな、と思う。なぜ立ち止まることなく歩いてこれたのかと考えると、誰に感謝をしていいのか分からなくなる。

 ただ、ひとつだけ確かな自信を持って言えることがある。どんなヘタレな自分と直面しようとも、諦めたくなる日でも、僕は一日一日をより良く、過去の自分に負けないようにと生きてきた。

 そうした十年は、僕にとって千里の道のりのようなものだった。ずいぶんと長い道のりだったけれど、振り返ればあっという間だったようにも感じられる。その道を歩いてくる中で、もがきながら考え続けたことが、あなたの千里の道の第一歩を踏み出すために、ほんの少しでも役立てればいいなと願いつつ、次章に入ることにしよう。



(四章終わり)