楽しく働くことを諦めない


 「働きたくない」という若者が多い一方で、「社会に貢献したい」という若者は増えている。本当は、その両者が重なるといいのだけれど、まだ社会のあり方が未成熟なために、それがうまくいっていない。

 だから、働きたくない若者や、実際に働いていない若者が増えているのは、若者にどうしようもない原因があるわけではないと僕は思う。若者が働きたいと思う働き方を、社会が用意できていないとも言えるだろう。そう考えれば、そのような仕事や仕組みを作り出すことに、これまでの社会を担ってきた人たちが失敗したとも考えられる。

 自分のためだけに働く人よりも、社会に貢献したいという気持ちを自然な形で持っている若者の方が、人間としては成熟しているように僕は思う。

 会社の中での出世競争に明け暮れるより、身の回りの人から、地球の裏側で暮らす人まで含めて、他者に貢献しながら生きたいという感情を自然に抱ける今の若者たちが成熟しているという考えは、そんなに間違っているとは思えない。

 若者の心の奥深くには、すべての人と人とが互いに大切にしあい、共に支えあって生きるという理想があるように思える。それは、人類が歩んできた方向に沿っている。それを一言でいえば、ヒューマニズムと言うこともできるだろう。

 とはいえ、現実はそんなに甘くない。ヒューマニズムの理想に対して、現実の社会は資本主義によって成り立っている。僕らの衣食住という最低限の欲求を安定して満たすための原動力となった資本主義は、一方で、その効率を求めて「分業」を要請する。

 この分業というのが曲者なのだ。効率を優先させるために「ありがとう」と言われる機会は減ってしまう。コンビニで「ありがとう」とレジの人に感謝を伝える人は多くない。そのような労働環境にいる中で、自分がなぜ、なんのために働いているのかわからなくなってしまう。

 そうした社会環境の中で、理想と現実のギャップに若者は押しつぶされる。それが現実だ。でも、だからってこうした状況を嘆いても仕方ない。若者のことは若者自身がいちばんよくわかっているのだから、この社会に問題があるとすれば、それは若者の手で解決していくしかない。

 そう思って、ささやかだけれど、僕らは僕らなりに自分たちの会社をやってきたつもりだし、これからもやっていきたいと思っている。現在の社会情勢の中でそれをやるのはなかなか簡単なことではないし、大きな社会の中では末端の出来事でしかない。それでも、僕は僕なりに問題を引き受けてやっていきたい。

 たくさん失敗もしたし、いまも問題だらけだ。でも、一人ひとりが自分の身の回りで地道な行動を起こしていく以外に、この社会を変える道はないのだと僕は思う。

 だから、今すぐに上手くいかないとしても、自分なりのやり方で、すこしずつ、よりよく働けるようにしていきたい。そうした理想を思い描きながら学び続け、努力を重ねれば、すこしずつ実現できるのだと思う。

 僕より若い人には働くことを恐れないでほしい。楽しく働けるようになることを諦めないでほしい。そのためには多くのことを学び、努力も重ねなければならないけれど、学欲を取り戻せれば、その長いプロセスにも喜びを感じられるようになるのだから。