自分の頭で自分の未来を考える


 自分の知らなかった世界を知ることの楽しさ。それを味わうのは、ほんとうに久しぶりだった。学校にいる間はいろんなものを無理矢理につめ込まれすぎていて、自分から何かを知ろうとする気持ちにフタをしていた。そうした場所から解き放たれてはじめて、まっさらな気持ちで、自分から何かを知りたいという欲求に素直になることができた。

 手当たり次第に本を読む中で、自分が興味を持てるものと、そうでないものがあることを知った。心がグッとくる人の生き方や考え方もあれば、たいして興味を持てない人や意見もあった。そのような出会いを通して、僕は自分がどのように生きていきたいのかを考えるようになった。

 そうしたことを、十八歳になるかならないかの少年がはっきり自覚できるわけではない。でも、僕が自分の頭で自分の未来について真剣に考えたのは、この時がはじめてだった。

 そんな日々を数ヶ月にわたって続け、部屋の片隅に本の山が築かれつつあったある日、誰に頼まれるでもなく、自分の未来のために大学受験をしようと決意した。

 それからの勉強は楽しかった。無味乾燥に思えていた受験科目だって、それが自分の将来を形作っているように感じた。「学びたい」という自然な気持ちに従って、僕は机に向かい続けた。

 入試が終わり、合格発表のある日の朝、落ちていたらどうしようという恐れはなかった。むしろ「ここまで自分は成長できたし、全力を尽くせたのだから、結果は受け入れよう」という気持ちの方が強かった。志望校の合格が分かった時は嬉しかったけれど、それ以上に、努力は報われるのだという実感の方が感慨深かった。「やればできる」という子どもの頃に信じていた当たり前の感覚を、僕はその時に取り戻した気がする。

 もちろん、すべての努力が完全に報われるわけではない。でも、努力して学ばなければ、自分は変わることはできない。逆に言えば、学び続けさえすれば、自分はどんどん変わっていくことができる。それが、わずか一年間の受験生活を通して僕が確信したことだった。それからの僕は、生まれ変わったかのように真剣に学びはじめた。

 僕にとって受験とは、学びによってたどりつく最終地点ではなく、学びのスタート地点だった。だからこそ学ぶことは今でも続いていて、これから先も消えないのだと思う。