やがて訪れる学欲の時代

 僕にできることなんて、たかが知れている。

 でも、僕が考えられているくらいだから、同じようなことを、たぶんこの日本でも、あるいは世界でも、問題だと思っている人はたくさんいるのだと思う。そうした人と力をあわせたり、あるいは意見を交わしたりしながら、現状をすこしずつ変えることができると、僕は信じている。

 だから、そうした変化を引き起こすために、いま僕が考えうる最善の解決策として、人が生まれ持った「学欲」を解き放つために行動していきたい。それを、僕の人生における問題として引き受け、解決するために全力を尽くしたい。

 僕らは学欲を取り戻すことによって、自分の無限の可能性を感じることができる。そして、その可能性の光が指し導くままに、学び続けることができるようになる。

 考えてみれば、すこし前まではこの国でさえ、すべての人が読み書きをきちんとできたわけではなかった。そうした時代においては、読み書きができないことはさしたる問題ではなかった。でも、いまこの国で読み書きができないとすれば、とんでもない問題を抱えていると思われるだろう。

 同じようなことが、学欲にも起きると思う。だって、どう考えてもおかしいから。人が学ぶ気持ちを失ってしまい、自分を世界の主役ではなく観客であるかのように見立てて生きてしまうなんて、何をどう考えてもおかしい。

 「読み書きができなくても普通」と思っていた時代の方がずっと長かったように、「学欲を失っても普通」と考える方がおかしいというのは、まだ人類が未熟だからにすぎない。人類史的に見れば「学欲を誰もが抱いていて当たり前」という方が普遍的な価値を持っていて、遠からずそうした時代が来ると僕は確信している。

 その時に、学欲という言葉が使われているかどうかはわからない。普通に考えれば、使われていない可能性のほうが高いだろう。でも、それはたいした問題じゃない。学欲という言葉は手段であって、目的はそこにある問題を解決することなのだから。