⑭自分の「行動」を吟味する


 ゲームのキャラクターのように自分を操作するもうひとつの方法は、感情ではなく「行動」に焦点を当てるやり方だ。

 「ゲンナリする」という感情から「サボる」という行動が生まれるわけだけれど、感情から行動が生まれる流れに焦点をあてることで、これって合理的だっけ?と行動に待ったをかけられる。

 ゲンナリするのは仕方ないとしても、だからってサボったほうがいいという結論が導き出されるわけではない。そう考えて、ゲームの中の登場人物をカーソルキーで動かすように、自分という人間を動かしたい方向へ運んでいく。そして、机の前にまで動かしたら「やる気は、やらないと起こらない」と自分に向かってささやけば、勉強がはじまる。

 僕らは、自分の中に湧き起こった感情そのままに動く傾向がある。これもまた、とても動物的な行動パターンだ。でも、ある感情が起こったからといって、それをそのまま行動として表現する必要はない。

 大人になるにつれて、僕らは感情を行動に直結させることは減っていく。たとえば、子どもはうれしければ喜びを爆発させたような笑顔をするし、悲しければ人目もはばからず泣きわめく。でも、成長して「恥ずかしい」という気持ちが生まることで、感情をストレートに出さなくなる。

 でも「恥ずかしい」と感じない限り、人は成長しても感情のままに行動することが少なくない。家族に対しては感情のままにものを言う人が、家の外では別人のようにふるまうのもそれが原因だ。その意味で、大人の行動は子どもとたいして変わらないとも言える。

 ただ、すこし意識すれば、「恥ずかしい」と感じないところであっても、ある感情を行動につなげる時に、それでいいんだっけ、と待ったをかけることができる。

 たとえば、腹が立つことが起きた時に怒鳴りつけたくなる気持ちは、誰だって抱く。でも「なんで腹が立っているんだっけ」と感情に待ったをかけつつ、同時に「怒鳴りつけていいんだっけ」「そうなるとどんなことが起こるだろう」と行動を吟味してみることで、腹も立たなくなるし、怒鳴りつけても問題が解決されないことに気がつける。

 むしろ、わき起こる感情に流されるのではなく、腹が立ったのは必ずしも相手のせいじゃないし、怒鳴らずに笑顔で接したほうが結果的にうまくいくと理解できれば、気持ちも落ち着くし、行動もまったく違ったものになる。

 そう考えてみると、感情は「入力」であり、行動は「出力」だとも言える。

 僕らは「感情」と「行動」という、自分の入出力をコントロールする力を持つことで、ゲームの主人公を操作するように、自分を自分の思い通りに動かすことができる。

 「操る」というと聞こえが悪いようだけれど、そうじゃない。実は、自分は、自分が思っているほど思い通りに行動できていない。なにかの行動をした後で「こうすればよかった」なんて後悔するのは、感情に流されて考えずに行動した結果だ。

 だから、自分をコントロールする力を高めることは大切なのだ。そうすることによって、本能にただ流されるのではなく、どのように感じたり行動すべきかを理性的に考えて、自分の感情や考えを変えたり、行動を変えられるようになるのだから。